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構造主義と観測について 

世の中なんてこんなものかと思っていた
それはぼくがきっとそんなものだったからだ

あらゆるものは不定形で
解釈しだいで全てが決まる
だったら気分しだいで
ぼかあ神様にもなれるかもしれないね

でもそれはぼくの中だけでの話であって
細胞レベルである目的と意志とのための
犠牲と選択が常に行われてるのだとして

そうなると結局のところ
ぼくももしかしたら
細胞の一つに過ぎないのであって

いたずらに与えられた種々の可能性も
何もかも思い通り決めてきたかのようで
実はより高次の選択に沿うように
自ら喜んで犠牲になるようなことだって
あるかもしれないのね

それも解釈しだいだから
観測の手段によっては
ぼくは波動にも粒子にもなれるんだよ
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クロスオーバー 

ニーチェの経済学と
マルクスの哲学
メンデルの言語学と
ソスュールの生物学

ピタゴラスの物理学と
ダヴィンチの機械工学
ムラサキシキブの音楽と
ハクガノサンミの文学

ふはははは 

ようやく
うらオレのリンクが切れた
これでおいらも自由だ!

すっげー欝な日記書いてやる!
無駄に思想的で哲学的な
意味不明の自己中ブログにしてやる!

という宣言
だが更新はめったにしない予定
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