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こんなの毎週じゃ無理 

木曜4限、文芸創作講座
(一部省略、修正した)

あくまでフィクションですから、
実在の人物、団体とは一切関係ありません
『SWEET CANDY』

 最近、油井(ゆせい)さんを見かけなくなった。
「油井さん? ああ、あんにゃろう、突然何も言わねえで辞めていきやがって」
守衛の仕事、止めてしまったんだろうか。 
「ええ、そうなんですよ、てめえで一言挨拶してくれりゃあ、ほら、送別会でも何でも開いてあげられたんですけどね」
大黒(おおぐろ)さんの口調は、べらんめいの江戸っ子訛りだったり、そのくせやけに丁寧な物言いだったりとが入り混じっている。それが、学生に対して偉ぶるでもなく、また距離を置きすぎるでもない、実に心地のいい印象を与えている。また、大黒さんは四角く角張った頭をしている。顔が人よりも大きく、かなりいい体格をしていて、戦国時代の武将が生まれ変わったかのような人である。
大黒さんは、H大学のサークル用倉庫の警備の仕事をしている。警備と言っても、倉庫の入り口で、各サークル倉庫の鍵を管理する仕事だ。ちなみにぼくもH大学で学生をしている。僕もサークルの用事で、毎日のようにこの倉庫を利用していて、いわゆるこの倉庫の常連となっている。大黒さんや、油井さんとは顔なじみで、いつもこの二人と世間話をするような仲になっていた。
この度退職された油井さんと大黒さんは、実はあまり仲が良くなかったようである。僕が、二人の当番の重ならない時間帯に倉庫に行こうものなら、彼らはすかさずお互いの悪口を漏らす。それが近頃ではお決まりになっていたのだが、いざ油井さんが辞めていってしまうと、意外にも大黒さんは冒頭のような発言をしたのだ。
 それにしても、いくら二人のが仲がよろしくなかったとは言え、大黒さんと藤田さんの犬猿の仲っぷりには到底及ばないだろう。
 「山田君な。いつも大黒に捕まって、えらい長いことしょうもない話聞かされて大変やろうに。あれの言うことはなあ……全部ハッタリやで」
 「藤田さんね、うーんどうもだめですね関西の奴は。話のツボが合わないんだもの。だからあんな奴とは話しないんですよ、へへ。」
 と、こんな感じである。僕は格好の不満の捌け口であるらしい。

 藤田さんはあんなことを言っていたが、僕は大黒さんの話が好きだ。確かにハッタリのような気もする。しかし、例え全てハッタリだったとしても、こんなに面白くて人の興味を逸らさない作り話があるだろうか。ちなみに僕はもっぱら聞き役である。大黒さんの調子のいい時は、一時間くらいずうっと聞いている場合もあるのだが、それが藤田さんには、僕が大黒さんに「捕まって」いるように見えるのだろう。
 大黒さんは、若い頃は相当ブイブイ言わせていたようで、堅気の人ではとても知りえないようなことをしばしば口走ることがある。ヒロポンがどうのこうの、指の一本や二本がどうのこうのという話、そちらの商売の人間に喧嘩ふっかけて勝ってしまった話等、怖すぎて筆舌に尽くしがたいので省略する。
 「ほらこれ、オレの若い頃の写真」
そう言ってパスケースの写真を見せてくれる。写真の大黒さんは、しっかりソリコミが入っている。グレーのチョッキにスラックス、とても近寄りがたい雰囲気である。今の大黒さんと比べてみる。今ではでっぷりと肉がつき、そのおかげで大分人当たりのいい見た目にはなったけれども、やさしく微笑む皺のよった目尻には、まだ若かった頃の切れ味を残しているような気がする。
「老けて見えるでしょう。これでも今の山田さんと同じくらいの年なんですよ。でもね、今のオレ、いくつに見えます? 」
肌のつややかさ、体格の良さから言って、まあせいぜい50代くらいだろうか
「この間の学生さんなんかにはね、まあ女の子なんだけど、オレのこと40って言うんですよ。オレが20代のときにも、老けていて40くらいって言われたんだから、もう40年も年をとらない男なんですよね、オレは。」
正解は62歳。このテカリ具合で還暦を二年も過ぎているとは、全くお手上げである。
大黒さんは政治の話も良くする。「小泉の奴はね、改革改革って言って何千何万人の人を殺してるんですよ」この話はすでにもう過去に何回か繰り返されている。
「小泉打っ倒すんならって、亀井の奴に教えてやろうと思ってね、電話したんですよ。そうしたら若い女の子が電話に出て――まあ一応説明はしてやったんだけれど、ちゃんと亀井に伝えてくれたかどうか……まああんな下っ端じゃあ駄目だろうね」
またその話か、と思った。大黒さんの話は、ほかの誰からも聞いたことのないような突飛で面白い話ばかりなのだが、それが重複することが多いので、正直辟易している。機を伺い、じゃあちょっと今日は早く帰りますので、と話を打ち切って中で帰る準備をしていると、早くも次の、僕と同じような聞き役の学生を「捕まえて」、全く同じ話を始めていた。守衛さんというのは、実に退屈な仕事であるらしい。とにかく誰かと話がしたくて仕方がないのだろう。

 大黒さんは、この仕事に着く前は、写真屋をやっていたのだという。写真技術にかなりの腕を持っていて、有名な女優さんの撮影や、企業相手の取引なんかにも引く手数多であったという。しかし経営が拡大して、いざビルを建てようとした時にバブルが崩壊。必死に立て直しを図るものの、大不況の波に押しやられる形で倒産してしまった。
 「最近ね、カメラつきの携帯電話を買ったんですよ。それでね、ここ使う美人女の子にね、写真撮らせてってお願いするんですよ。ほら」
 そう言って見せてくれた画面には、なんとうちのバンドのリーダーが映っている。ピントが合わなくて、すこしぶれてしまっている。
「どうもね、やっぱり腕が鈍っちゃって、昔はシャッターチャンスが第六感でわかったんだけどねえ。本当にいい顔って言うのは一瞬で、あっ! って思ったときにはもうその顔はおわってるんですよ。だからね、シャッターチャンスってのは常に、いい顔が来るぞってところで先に押し始めないといけない」
何かいやな予感がした。大学の守衛さんが携帯に女子学生の写真集めて、何か問題がおきなければいいが、と思った。
「山田さん、これもらってってください」
大黒さんが飴の袋を出してきて、3つ取って僕にくれた。いいんですか? すみませんいただきます。これもお決まりのことで、ちゃんと最後まで大黒さんの話を聞いてあげると御褒美がもらえるのだ。これは、学生と仲良くなるための有効な手段であると、警備員さんたちの間でかなり大流行した。1日でそんなに飴が食えるか、というほど飴が、チョコが、飛び交っていた。

藤田さんが最近顔を見せなくなった。
「ああ、藤田さん。藤田さんは今脳梗塞で入院しちゃってるんですよ」
脳梗塞と言えば、死と隣り合わせの病気ではないか。
早期の治療が功を奏して、藤田さんは2週間ほどして退院することができた。しかし、半身が思うように動かなくなり、松葉杖なしでは歩けない状態がしばらく続いた。
「山田君。体にはほんま気をつけたほうがええよ。」
こんな状態で警備など何も勤まりはしないだろうが、それを直接会社にかけあって、無事職場に復帰させたのは大黒さんである。あれ以来藤田さんは大黒さんに頭が上がらないようで、長かった二人の確執も、ここにきてようやく終結したようである。二人が、まあぎこちないながらも仲良くしゃべっている姿も、何度か確認している。

最近大黒さんの姿を見かけなくなった。僕自身、サークルを休部しているため、この倉庫を利用することが極めて少なくなったのだが、それでいつも会えないのだと思っていた。
「ああ、大黒さんね、やめよったんや。クビにされよった。」
大黒さんに写真を撮られた女の子の親から、学校に苦情がいったのだという。いやな予感は的中してしまった。
「いつも問題ばかりおこしよる。学生さんにモノくれて、お守りなんか宗教めいたこともやりよるし、それで今回のセクハラまがいの写真の件……」
 セクハラなんかじゃない。大黒さんが僕に、携帯で撮影した女の子の写真を見せてくれたときの目は真剣だった。かつて多くの女優さんたちを相手にしてきた、プロ写真家の目だった。そうして撮った写真は、大黒さんの生きがいであった。お守りだって、それを金銭目的に使ったことはない。それに、飴くれたのだって、守衛さんたちみんなやってたことじゃないか。大黒さんは何も悪くないのに。みんな学生さんと仲のいい大黒さんに嫉妬していただけだ。藤田さんだって病気したときに助けてもらったんじゃないのか。
 大黒さんは、いつもの江戸っ子口調で、べらんめえの啖呵を切って辞めていったことだろうと思う。上で決まったことに対して絶対文句は言わない人だ。もしかするとさほど応えていないのかもしれない。それでも僕は、もう大黒さんに会うことはできないことが悲しかった。連絡先ぐらい聞いておけばよかった。この間僕が久しぶりに倉庫に顔を出したとき、「たまには、遊びにきてくださいよ」といっていつもの飴をくれた。思えばあれが大黒さんの最後の言葉で、最後の飴だった。もっと頻繁に、何も用がなくたって遊びにくればよかった。女の子の写真撮るのだって、いろいろまずいからやめたほうがいいって、止めればよかった。もうこの倉庫で飴をくれる人はいない。お守りを書いて励ましてくれる人もいない。一時間も学生を「捕まえて」喋くりまくる人もいない。もはや、この倉庫に何の魅力も感じられないのだ。
あれから、すべてが変わってしまった。藤田さんも近く定年退職するのだという。大黒さんの代わりに若い警備さんが入ってきた。やがてこの倉庫で顔パスはきかなくなるだろう。
僕は大黒さんを、何か今まで甘えてきたもののすべてから卒業すべきなのだろうと思った。それからコンビニに向かい、今日は自分で飴を買って舐めることにした。

                              ―完―
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