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すこしげんきがでるかなあ 

きみ、宇宙よりよけいな心配してるねって
よく言われます

「火星着陸」―――2003年・火星最接近に寄せて―――

何とでも言うがよかろう
ぼくは生まれ育った地球を捨てて
現在火星の周回軌道を目指している

振り向けば見ることができるかもしれない
ほの青い光を放つ惑星 月の影を纏い
表面を大蛇のごとく雲泥が渦巻き
火ぶくれをおこした大地と
藻と塩とを湛えた海洋とが
食うか汚すかしかできない砂混じりの粘土たちによって
日々侵されていくのを

ぼくは振り向かない
破滅と終局への一途をたどるこの星の奏でる
孤独とか虚脱とかいった芸術作品が
それが悲劇であれば尚のこと
ぼくをも溶かし込んで 飲み込んで
一緒にされてしまうのが怖いからだ
ぼくは地球を見限った
ぼく自身 彼女の一部であるということも
右耳の少し上のあたりで理解していたのだけれど
それを認めるには少し若すぎた
地球の大気圏を出て 暫時して
喉の奥に粘りつく少量の後悔を覚えたけれど
もはや引き返すすべなど無いのだ

僕はついぞ月の影を抜けて
惑星の母たる金色の大火球を目にしたところだ
煮えたぎるスープの表面で小さな化学変化が数発
光速で放たれた粒子線がぼくの髪を撫でる
寛容なあなたの前では ぼくも粒子にすぎない
宇宙とはかくも暖かい場所であったか

太陽は次のことを教えてくれた
この宇宙で生まれてきた全てのものには
宇宙の定める終焉が必ず巡り来るようになっている
ぼくも 地球も 台本にそって緞帳を降ろすように
太陽もまた
気の遠くなるような航海のうちに
自らの有限性を悟り
誰にも伝わることのない芸術意志を
赤外・可視光・紫外の線を束ねて訴えかけているのだ
太陽が死に、やがて銀河も滅ぶ
宇宙には全ての生を体験する権利とともに
全ての死をも見届ける義務がある

火星もまた消え行く一現象に違いない
地球を見限ったのと同じように
今度は火星をもうち捨てるのかと
それでももう行くしかないんだとわかっている

喉が渇いても乞うべき酒が無い
時計がないから心拍数を計ることができない
振動する媒体が無いから歌うこともできない
君とした約束はもう守ることも破ることもできない
父の死を見届けることも 母の死を待つこともできない
それからまだ大人になっていないし
大人になってもそれを誰かに認めてもらうこともできない 
後悔が臨界に達して ここにきてようやく肺が破けた

もう耐え切れなかった
もと来た方を振り返って地球を探した
青白く穏やかに輝くぼくの故郷は
すでに豆粒のようであったけれど
かすんでぼやけてにじんで十字架になって
それが痛くて痛くてたまらないから叫んだ
音にならなかったけれど それでようやく喉が張り裂けた

背後に火星の影を感じた
それでも僕の目は一点に釘付けのままだった
結局ぼくの肉体は航海に耐えられなかった
事実と空想だけの姿と成り果て それでも
今まさに火星に降り立とうとしていた

僕はこの星を地球と呼ぶことにした
はるか南東のかなたに
粒のごとくに光る星すなわちあれは火星である
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