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ジャズの起源について 

できた!
今何時かなっと。
ジャズとは何か。「この曲はジャズの要素を取り入れている」とか、「いまのはジャズっぽいね」とか、よく耳にするのではないだろうか。CD屋に行けばジャズのコーナーが独立して存在するし、ジャズプレイヤーとして活躍する人たちもごまんといる。それでは、ジャズと、その他の音楽を明確に線引きしているものとは一体何なのであろうか。
 「ジャズとはアメリカにおいて黒人の音楽とヨーロッパ音楽の出会いから生まれた芸術である」と、こう述べたのはドイツの評論家ヨアヒム・E・ベーレントである。(注1)。
また、ジャズという名前が現れる以前のジャズについて、フランク・ティロー著『ジャズの歴史』に記述がある。それによると、ジャズという言葉をうたい文句にした音楽グループが最初の録音をしたのは1917年である(注2)という。しかし実際には、この《新しい音楽》はすでに広く流布しており、市場が確立、音楽的伝統もそこそこ形成され始めていた。(注3)
 また「ジャズという言葉の正確な由来は、全く不明である」とティローは述べている。(注4)ジャズという言葉が、性行為を意味する俗語とする説、また、ジャズ発祥の地といわれるニューオリンズが、もともと仏領の植民地であったことから、《おしゃべり》の意味の仏語《ジャゼ》から派生したとする説。諸説あるが、結局のところ「ジャズの語源は全くわからないが、言語学的な研究が必要である」などというところまでで足踏みしている。
 また、ティローはこうも言う。「ジャズの史料研究における大きな問題は、ジャズの音楽的な定義においても、統一された見解がないことである」(注5)ジャズとラグタイム、ブルースを分けるとする説や、1930年代のスウィングジャズまでをもジャズの領域外とする見識なども存在する。こうした例をあげた上で、ティローは以下のようなジャズの定義を提案している。「すなわち、ジャズは十九世紀後半に合衆国南部に誕生し、二十世紀への変わり目の時期に、ニューオリンズ近辺で最初の花を咲かせた音楽」(注6)またそれらの発展したものに共通する特色として、即興性や独特のリズム、作曲ではなく、演奏によって音楽を作っていく……など(注7)。もはや統一された見解がないということなので、ジャズの定義はこれらの諸説を並べるに留めておく。

 ジャズ発祥の地は、先ほども述べたとおり、アメリカ南部、ルイジアナ州ニューオリンズである。先日巨大ハリケーンが襲来した、あの辺りである。洪水による被害の凄惨さは、TVや新聞などで公開され、記憶に新しい。また、大惨事のニューオリンズでさかんにニュースに取り上げられたのは、アメリカ社会に根強く残る「黒人差別」の問題であった。
 ニューオリンズを含むルイジアナ地方は、十六世紀前半にスペイン人が金銀を求めて訪れた地であった。その後十七世紀末にフランスがこの地を統治下に入れ、国王ルイ十四世にちなんでルイジアナと名づけ、ここに本格的な植民地活動が始まり、その根拠地としてニューオリンズが建設された。後にフランスはこの地をアメリカに売却。ニューオリンズは人種と文化のるつぼと化した。また十七世紀以来、西アフリカから北米に安価な労働力として輸入された黒人奴隷の子孫たちの存在が、人種的、文化的複雑さをいっそう増大させていった。(注8)
先に、ジャズは「黒人の音楽とヨーロッパ音楽の出会いから生まれた」との引用を載せた。植民地時代のニューオリンズに流入した黒人奴隷たちの音楽と、スペイン人やフランス人が持っていた西欧的音楽とが相互に作用したことによって新しい音楽が生まれ出たということではある。しかしそれが、単に異なる文化の融合が起こったという具合に解釈すると誤解である。例えば「ジャズのリズムはアフリカ経由で、和声の方は西欧的慣行にもっぱら基づく」といったことが、ジャズ関係の著述にはよく散見されるのだが、このような意見は過度に単純化されたものであり、正確ではない。黒人の音楽と、西欧の音楽がどのように影響しあってジャズという新しいジャンルを生み出していったのか、という質問に正しく応えるためには、黒人音楽と西欧音楽の違いを比較し、ジャズの特徴と照らし合わせることが必要である。

アフリカの音楽が明らかに西欧音楽とかけ離れていると言える要素は、すなわち「リズム」である。(注9・以下同)西欧音楽は、アフリカ音楽の曲を西欧音楽既存の譜面におこすという作業にひどく難儀したようである。アフリカの音楽のリズムは、西欧のそれのように単純な概念(例えば四分の四、八分の六拍子といったもの)では捕らえきれない。複数のパート(主に打楽器である)が、それぞれ一定の拍子を刻んではいるけれど、みな異なった拍子を発しているからだ。強拍の位置がずれているため、一聴しただけではそれらの統合性を見出すのは難しいのだが、これら複数のリズムパターンが同時発生的に繰り返し演奏される(クロスリズム)ことによって、独特の抑揚や前進感を生み出している。さらに言えば、このクロスリズムは繊細で複雑であればある程よいとされる。これを西欧の記譜法に沿って表記しようとすると、小節線を縦で揃えることができないので、まるであみだくじのような、奇怪な譜面が出来上がるのである。
また、リズムの繰り返し、ということが黒人音楽の重要な要素となっていて、西欧音楽には見られないほどに著しいものである。彼らは輪になって演奏するのだが、一定の重層リズムパターンに達すると何時間でも同じ演奏を続けることができる。

ジャズの譜面は西欧式に記譜することが可能である。そうするとジャズのリズム様式は西欧よりなのかと誤解しそうになるが、そうではない。なぜならジャズは白人たちが理解できるような音楽を目指し、黒人音楽のリズム感覚を単純化していったものだからである。ただし、このリズムの単純化は、白人主導によって推進されていったものではない。当時白人は黒人たちの音楽を規制し、そのため黒人たちが積極的に、白人たちに理解されるような音楽を模索し、その形を変化させていったのである。
しかし、単純化されたとはいえ、完全にその個性を失ってしまったわけではない。たとえばジャズの4ビートのリズムパターンは、ある程度単純化された二、三の倍数的リズムパターン(ベースが刻む四分音符と、ドラムがハイハットを踏む二拍ごとのアクセント、シンバルレガートの八分音符、これらは倍数関係のため容易に合流し、解決することができる)の同時発生と見ることができるし、また単純なリズムがひたすら繰り返されるという点において黒人音楽的である。この繰り返しによって生み出される前進感を、ジャズの世界では「スウィング感」と呼ぶ。『初期のジャズ』の著者ガンサー・シューラーはこの「スウィング感」を次のように定義している。「ある音楽的時間の垂直性、水平性の双方が完全に等値の関係で一体となるときに付着してくる状態」(注10)ちなみに、ジャズトランペッターのルイ・アームストロングによれば、「感じていなければわかるはずがない」(注11)ものであるとのことであるが、とにもかくにもこのスウィング感こそが、黒人音楽がジャズに残した「らしさ」の表れといえるだろう。また、黒人音楽における、強拍がずれる、という現象も、西欧音楽がシンコペーションという新概念をうちたてることによって存続した。(シンコペーションとはやはり異なる複数のリズムパターンが同時発生するものだが、やがてすぐ解決するようにできているところが黒人音楽との違いである。)シンコペーションはジャズの世界に多用され、ジャズを特徴付ける一つの要素となった。

アフリカの音楽は、生活と密接に関わっている。社交生活や宗教、魔術など、およそ言葉を用いる行為は音楽を有している。(注12)奴隷となった黒人たちは、白人たちに迫害されながらも音楽をおこなっていたわけだが、これは単なる憂さ晴らしというわけではない。音楽という言葉の代替手段を使って、仲間同士で秘密の交信ができたし、白人たちの悪口も独特のスラングによって堂々とわめきたてることができた。
音楽で言葉を表すというのは、単に感覚的なことを言うわけではない。音色や音高などによっていくつもの言葉を表す「トーキング・ドラム」という技術が実際存在するのだ。これによって、昔から「隣の部族が襲ってくるぞ」とか、植民地時代では「隠せ。税金取りがやってくるぞ」とかを表現できたらしい。(注13)
1619年から1788年にかけて、植民地ではついに黒人の音楽までもが法で規制されるようになった。一部の地域ではその法律はあまり効果を示さなかったらしいが、意外や意外、ジャズ発祥のニューオリンズでは音楽が厳重に取りしまわれていたらしい。(注14)しかし規制が強まることによって、文化は強い反発を生んだ。法で許される西欧の音楽を、より積極的に吸収し、かつ自分たちの個性(リズムパターンや和声などの音楽的特徴)は意地でも残すという根性もあった。それが新しい音楽を生み出す原動力となったのではないだろうか。

ティローは言う。「黒人奴隷が、白人の文化を喜んで受け入れ、彼らの音楽に白人文化を統合していったという考えは全く当てはまらない。十分な文献の裏づけをもつものではないが、アメリカの奴隷がアフリカの音楽的遺産をアフリカ人としてのアイデンティティを保とうとする動機から維持することを望み、憎むべき白人社会との合体を避けたいという推測のほうが、むしろ実情に近いだろう。」(注15)ジャズは、アメリカ黒人奴隷たちが音楽を通して、西欧の文化を吸収しつつもなんとか自分たちの個性を守ろうとした、強い衝動の結果生まれた産物なのだ。(3994字)


引用文献

(注1)大和明著『ジャズの黄金時代とアメリカの世紀』音楽の友社(1997)(A)p8
(注2)フランク・ティロー著・中島恒雄訳『ジャズの歴史―その誕生からフリージャズまで』音楽の友社(1993)(B)p61
(注3)(B)p62
(注4)(B)p63
(注5)(B)p63
(注6)(B)p64
(注7)(B)p65
(注8)(A)p13
(注9)ガンサー・シューラー著・湯川新訳『初期のジャズ―その根源と音楽的発展』りぶらりあ選書(1996)/法政大学出版局(C)p1~
(注10)(C)p5
(注11)(C)p5
(注12)(C)p3
(注13)(B)p45
(注14)(B)p52
(注15)(B)p54

参照文献

白石顕二著『アフリカ音楽の想像力』勁草書房(1993)
西前孝遍『交差するメディア―アメリカ文学・映像・音楽』大阪教育図書(2003)
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